織り職人の長男として生まれた。当時のイギリスの織物産業は蒸気機関を使用した工場に移りつつあり手織り職人の仕事がなくなってしまったため、1848年に両親はアメリカへの移住を決める。
アメリカへ移住した後、12歳のカーネギーは学校へ行かずに紡績工場で働く。その後何度か転職しピッツバーグ電信局の電報配達の仕事に就く。当時の電信局では受信したモールス信号を紙テープに刻み、テープからアルファベットに解読して電報を作成していたが、16歳のカーネギーはモールス信号を耳で聞き分ける特技を身につけ、電信技士に昇格した。
その後トーマス・A・スコットに秘書兼電信士として引き抜かれペンシルバニア鉄道へ入社する。18歳の頃にスコットがペンシルバニア鉄道の副社長に昇進すると代わりにカーネギーがピッツバーグの責任者になった。
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